台湾の歴史 なぜ台湾は親日なのか 日本統治時代の台湾と戦後の国民党

今日は、台湾について書く。

首都は台北である。

人口は約2300万人である(2015年)。



台湾はなぜ親日なのか。

それは、日本が台湾を助けたからだ。



○先史時代

台湾にヒトが住み始めたのは、今から5万年前と見られている。

日本の旧石器時代には、台湾においても人類の生活が始まっていた。


5万年前から1万5千年前にかけて人々の暮らしの痕跡がある。

人々が採集と漁労の生活をしていたことが分かっている。

今のところこれが台湾最古の人類の遺跡だ。



その後は

オランダの統治
鄭氏時代

清の統治



○日本統治時代の台湾

1894年に日清戦争が起き、日本の勝利で終結した。

1895年に下関条約が調印された。

台湾と澎湖諸島は日本の統治下に入ることになった。



日本人は、治水や道路などのインフラを整え、たくさんの病院や学校を建設した。

さらに、統治時代は治安が良かった。

夜でも鍵をかけなくても良い時代であった(夜不閉戸)。

日本人と台湾人は一体となって幸せな時代を過ごした。


半世紀におよぶ日本の統治により、台湾の社会は近代化によってかなりの変質を遂げた。

台湾は中国大陸と比べてかなりの進歩を遂げた。

この時代は、台湾と中国の格差が最も大きくなった。



○中国大陸から国民党がやってくる

戦後の台湾は、中華民国の国民党がやってきて支配することになった。

中国人は、台湾人に対する暴行、賄賂、略奪は当たり前であった。

中国人の軍人や官僚による殺人・強姦・強盗で、犯人が分かっていても罰せられることは無かったとの事だ。

日本の統治を経験した台湾人にとって、治安の悪化や役人の著しい腐敗は受け入れがたく、人々の不満は高まっていた。


1947年2月27日、台北でひとりの女性がタバコを販売していた。

(戦後の台湾では、タバコ・酒・塩・砂糖は、国民党が強制的に専売していた。)

その女性を国民党の官憲が捕まえた。

女性は土下座して許しを懇願したが殴打されて、商品と所持金を全部没収した。

これをきっかけに市民と官憲の間に衝突が起きて、1人が死亡した。


そして、翌2月28日には、この官憲に対する抗議活動が台湾全土に拡大した。

日ごろから鬱積していた不満を本省人(台湾人)は爆発させた。

3月から国民党軍による大規模な武力弾圧が始まった。


外省人(元々は中国人)と本省人(元々は台湾人)は対立し、二・二八事件が起きる。

二・二八事件の後は、国民党政府は台湾全土に戒厳令を敷いた(戒厳令は1987年まで継続)。

台湾人は長らく苦しめられた。

国民党に台湾人は3万人近く虐殺される。




台湾を近代化させた日本。

台湾を虐め続けた国民党。

台湾は親日的な人が多く、外省人反日的であるが、台湾の人口の全体の少数派である。




恩返ししたいところだ。

台湾は治安が良い。

個人的に旅行したい国だ。



『台湾現代史 何義麟』を読むことで、台湾の事がよく分かるだろう。



『なぜ中国人はこんなに残酷になれるのか 石平』も分かりやすい本だ。





中国の脅威から台湾を守る為には、国民党より民進党のほうが、台湾の為になるだろう。




鄭春河氏は、「私は生を日本に享けて 僅か二十六年の日本人なれど あくまで祖国を愛します 特に自虐的罪悪感をもつ同胞に先づ その反省を促したい 願わくば一時も早く目覚めて 大義名分を明らかにし 民族の誇りにかけて 速やかに戦前の日本人の一真の日本国民に戻って下さい」と残している。

戦後生まれの日本人は、自虐史観教育を受けた人が多く、様々な悪影響を及ぼしている。

歴史を知らない日本人が多く、先人達に申し訳ない気持ちであるとともに、正しい歴史を勉強する必要がある。

先人達が築き上げてきたものを戦後生まれの日本人は、食い潰しているだけである。

しっかりとした戦後生まれの人も多いが、一人一人の考え方を改めるべきである。





○台湾の国の歴史

先史時代→オランダ統治時代→鄭氏時代→清国(1683~1895)→日本統治時代(1895~1945)→国民党

台湾の事を考えると民進党が良いだろう。

中国と関わらずに独立を維持する事が大切だ。




私のアメブロにも書いてある。

「台湾の歴史 なぜ台湾は親日なのか 日本統治時代の台湾と戦後の国民党」〈http://ameblo.jp/correct-history-of-japan/entry-12056982101.html〉2015年8月3日。