【日本史】弥生時代  米が全国的に広まった弥生時代

縄文時代から弥生時代

縄文時代は平和な時代である。

弥生時代から戦争が始まる。

(中国大陸の影響である。)



縄文時代後期には、稲作技術は成立していた。

縄文時代から人々は協力しながら生きてきた。

弥生時代の頃の中国大陸は、春秋戦国時代である。

その中国大陸からやってきた人達が戦争の原因だ。

そこで混乱が発生してしまう。

大陸からやって来た人から身を守る為に、武装せざるを得ない時代になる。

(難しい事を書く為、戦乱の時代のところに詳しく書く。)





○農耕社会

福岡県の『板付遺跡』など縄文晩期の水田が発見されている。


稲作技術は、縄文時代後期には成立していた。

縄文時代から米がある。

全国的に広まったのは、縄文時代晩期から弥生時代である。


紀元前4世紀の初めには、西日本で弥生文化が成立していた。


BC4C~AD3Cを弥生時代と呼んでいる(弥生時代前期の始まりは、BC8C頃と言う研究者もいる。)。





弥生時代の生活

縄文時代からすでに『田植え』が始まっていた。

収穫は『石包丁』による『穂首狩り』が行われた。

収穫物は『高床倉庫』や貯蔵穴におさめられた。


『湿田』だけではなく、『乾田』の開発も進められた(湿田→乾田)。

さらに、狩猟や漁労も盛んで、ブタの飼育も行われていた。


人が亡くなった際には、死者は『伸展葬』されたものが多い。


弥生時代の平均寿命は30歳と言われている。縄文時代とあまり変わらない。

農業が始まり、お互いに協力していくために、服装が質素になる。





○戦乱の時代

2世紀の終わり頃から大きな争乱が起こった。

いくつかの骨に、争いで傷がつき亡くなったと思われる骨がある。


弥生時代の人が悪い事をしていたわけではない。



そもそも縄文時代弥生時代の人は同じ日本人だ。


(戦後教育により、顔が全く違うという嘘が学校教育で教えられており、テレビではNHKで放送されてしまった。調べていただきたい。)





化学的に現在の日本人と現在の大陸・半島の人のDNAは全く違う。

中国大陸(唐、宋、明、清など)や朝鮮半島(新羅、高麗など)の国は、何度も国が誕生したり、滅亡したりしている。

現在の中国は、56の民族があると言われている。

例えば、清国は女真族、現在の中華人民共和国漢民族というように民族が違う。

(DNAに関しては調べていただきたい。)

現在の日本人は、大和民族琉球民族アイヌ民族の3つである。

現在、大和民族が中心であり(約1億2500万人)、大和民族が日本の歴史においても、様々な文化を作ってきた。


渡来系の骨格を持つ骨が多数見つかり、争い合う、奪い合うという、大陸の文明発展による思想そのものが日本に持ち込まれた。





争いが起きた原因は、中国大陸から亡命した人達が原因だ。

当時の中国大陸は、春秋戦国時代であり、戦乱の時代である。

社会に混乱が生まれてしまい、時代が変わった。

中国大陸が争いの元である。

(昔の中国大陸も現代の中国大陸も変わらない。)



例えると、難民がやってきたら、治安が悪化する事と同じである。



社会に混乱が生じたため、警戒する必要がある。

(現在の日本人のDNAは、現在の中国人のDNAと違う。)

日本人と渡来してきた人との戦いである。

分かりやすく書くと、縄文時代から日本国内の人種は同じであり、日本を発展させたのは日本人である。

日本人と大陸の人の思想は違う。

大陸の人と半島の人が国内にいない時代は平和である。



戦いが多かった地域は、九州北部から伊勢湾沿岸まで。

南九州、東海、北陸、南関東は、戦争があったという考古学的真実が少ない。

北関東と東北地方の広い範囲は、戦争と無関係であったという説が有力。



集落の周りに濠や土類をめぐらした環濠集落。

日常生活では不便な山の上に高地性集落。

環濠集落と高地性集落は西日本に多く分布しており、戦争に備えていたと考えられる。





中国大陸からやって来た人達から身を守る為に、武装しなければならない。

たくさんの小国が生まれる。

争いがおさまらず、諸国は共同して『邪馬台国』の卑弥呼を立たせ、争いがおさまった。

実は、卑弥呼邪馬台国に君臨した時から、高齢であったと言われている。


争いをおさめた卑弥呼だが、卑弥呼は晩年に狗奴(くな)国と争う。

卑弥呼の死後、男の王では争いがおさまらなかった。

そこで、女性の『壱与』が王になり、争いがおさまった。




(ちなみに戦で、敵の首を取ることは戦国時代が有名だが、その始まりは弥生時代である。)





邪馬台国

239年に中国の魏の皇帝に使者を送った。

魏から『親魏倭王』の称号と『銅鏡』などを送られた。

日本国の真の統治者と認められたということだ。

西暦2015年時点で、日本は建国2675年であり、この時代には既に存在していた。




邪馬台国は九州説と畿内説がある。

どちらが正しいのかは、今後の分析次第だ。注目している。





(もう一度、最後に書くが、縄文時代弥生時代の人も同じ日本人である。これは昭和人と平成人を分けている事と同じである。縄文時代から日本人だけで発展してきた。中国大陸から人が来なければ、戦争は起きていない。)

民族が違う。

現在の日本人と現在の中国人朝鮮人は、DNAが全く違う。

縄文時代後期には、稲作文化が成立していた。

縄文時代から米がある。

現時点で、知っている方も一部だけ存在するが、全国の9割以上の方は知らない内容である。

自分で調べていただき、知っていただいたほうが良いだろう。

縄文時代の終わりから弥生時代にかけて、中国では人肉文化があった。

この時代から、中国大陸で行われてきた。

日本は、人肉文化は絶対にない。


朝鮮半島に関しては、日韓併合で日本が米の作り方を教えている為、昔はほとんど米が無い。

さらに、稲のDNAが全く違う。




私のアメブロにも書いてある。

「【日本史】弥生時代 米が全国的に広まった弥生時代 私たちが食べている米の原点」〈http://ameblo.jp/correct-history-of-japan/entry-12059032670.html〉2015年8月7日。