平成時代が終わり、5月から令和時代になるという事で、自分のこれまでの人生を振り返りながら書いていく

4月30日で平成時代が終わり、5月1日から令和時代を迎える。

私は、平成6年3月24日に生まれ、平成の世を生きてきた。

 

身長は177センチ、体重は65㎏。


平成という時代が終わるという実感が無く、不思議な気持ちである。

自分の人生についても考えさせられる。




私は茨城県に生まれた。
小学生時代と中学生時代の9年間は野球をやっていた。
小学生時代はライトとセンターとレフト、中学生時代はセンターとファースト、高校時代はセンターとピッチャーをやっていた。
打順は6番or7番だった。

(中学時代と高校時代は大人しかった記憶がある。大きな声を出していた時は野球をやっていた時だけで、クラスでは大人しくしていた。親に反抗したことが一度も無い思い出。女性と話すことが苦手で、現在も続いている。あの時も男と話をしていた。自分が地味だったと思う。)

茨城県の県立高校普通科を卒業し、東京都の私立大学法学部を卒業した。

(順風満帆な人生ではなく、高校時代に身体の病気で体調を崩していた時期があり、治療をするために病院に何度も通い、1年間留年し、タクシーで通学することもあり、卒業することも苦労した。小学校1年から高校の途中まで、10年間野球をやっていた。多くの人に支えられ、現在も気をつけて日常生活を過ごしている。)

大学時代は自分のペースで楽しむことができた。

総合大学だったが、頭の良い大学ではない。

子供の頃に、父親から歴史や政治の話を聞いたこともあり、大学時代に歴史と政治も勉強した(ゼミ、サークル、趣味、遊びも楽しんだ)。
私の周りにアルバイトをしている人もいたが、私自身は奨学金を借りないで卒業できたので、自分の時間を優先するために、私は大学時代にアルバイトを殆どしないで生活していた(高校・大学時代でバイトをしたのは衆議院議員選挙関連の1日のみ)。
サークルはバドミントンのサークルに所属していた。
ゼミでは、(2年生の時に)「高校野球について」と(3年生の時に)「台湾について」をゼミ論で書きました(国立国会図書館で見ることができます)。

小学校3年生(2002年)に父親からパソコンを買っていただいて、その頃からインターネットを利用していた。
携帯電話は中学1年から使用していた(当時、携帯電話は不要だったと思う)。

楽しかった順番は、大学時代>>>>>>>>>>>>>>>社会人>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>中学>>小学>高校時代。

社会人時代は茨城県の小売業に就職して、今年で3年目になる。
私は上司に恵まれ、何も分からない私に仕事を1から教えていただき(加工・品出し・発注・データの見方・取り組む姿勢など)、仕事に対して一生懸命取り組むことができて、仕事以外のところでも野球観戦をしたり、一緒に食事をしたり、充実した2年間だった。
特に節約しないで遊びながら生活をしていても、2年で200万円以上貯めることができた。

東京都内で働きたい。

営業でも良い、IT企業でも良い、事務でも良い。

ただ、IT業界で働きたい気持ちがあり、10月1日を目安に転職を考えている。

お世話になった方々に申し訳ない気持ちがある。
異業種でも自分が努力し、活躍する事こそが最大の恩返しになると考えており、頑張っていきたい。

私は、自衛隊、鉄道、野球観戦が好きだ。

自衛隊は就職の時に受けて筆記を通過したが、身体検査で色覚のところで色盲と言われ、不合格になった(日常生活では、青いジャガイモの判別で苦労している。夜景の綺麗さや桜の綺麗さも、少し綺麗だと感じる程度で、あまり分からない。)。
親日国の台湾も好きだ(東日本大震災の時にいただいた義援金の恩返しをしたい気持ちだ)。
得意なスポーツは野球、サッカー、バレーボール、バスケットボール、テニス、陸上(長距離走短距離走)だ。
苦手なスポーツは水泳だ(体育の授業で唯一嫌いだったのが水泳で、高校の時は水泳が無かったので、中学卒業後は一度も泳いだことがありません。)。
好きな女性のタイプは渡辺麻友(まゆゆ)さん。
アイドルオタク活動は2008年~2017年(中学・高校・大学時代・社会人)の10年間していた(まゆゆ推し)。
劇場公演、握手会(全握・個握・写メ会)、48グループのライブ、総選挙、ソロライブなど、楽しかったことを覚えている。
(生写真を集めたり、コースター集めも楽しかった。)
10年間で1000万円~1200万円くらい使った。
今では良い思い出だ。
アイドルから女優になった渡辺麻友さんをこれからも応援していきたい。


政治も好きで、国政選挙は毎回投票に行っている。
1994年生まれ、2014年から選挙権あり。
○・・・投票。 ×・・・未投票。
(国政選挙)
2014・12衆・・・○。
2016・7  参・・・○。
2017・10衆・・・○。



私の両親は秋田県出身である。
父親は会社員、母親は専業主婦だった。
私が高校生の時に父親を亡くし、現在は母親と生活している。

秋田県の魅力といえば、秋田犬・秋田美人・きりたんぽ・だまこ鍋・比内地鶏・大館曲げわっぱ・小京都角館・秋田竿灯祭り・きばさ・鰰(ハタハタ)・なまはげ稲庭うどん・大曲の花火競技大会(日本3大花火の1つ)・横手やきそば白神山地八郎潟など数多くある。

2008年~2014年の犯罪発生率(刑法犯)の最も低い都道府県が秋田県であり(最も発生率が高い都道府県は大阪府)、秋田県は治安が良い都道府県として有名だ(2015年4月1日時点)。

秋田県といえば、高校バスケットボールと高校ラグビーが強い。
秋田県の男子バスケットボールは、能代工業がインターハイで22回、国体で16回、ウィンターカップで20回優勝しており、全国タイトルは全国の高校で最多の58回だ(2016年4月1日時点)。
秋田県高校ラグビーは、秋田工業が全国ラグビーフットボール大会で15回、国体で9回優勝しており、全国タイトルは全国の高校で最多の24回だ(2016年4月1日時点)。
高校サッカーでは、選手権大会で秋田商が2回優勝している。
能代工も秋田工も秋田商も、公立校で特待生ゼロで全国制覇している。

高校野球は、夏の選手権大会で秋田中(第1回大会)と金足農業(第100回大会)の準優勝が2回ある(2018年8月21日時点)。
高校野球でも、秋田県の特待生ゼロのチームが全国制覇をする時が来ることを願いたい。



秋田県出身の両親のDNAが私に入っているので、苦難に直面しても粘り強く頑張りたい。

この素晴らしい日本を守っていくために、日々頑張っていきたいと思う。



令和はどのような時代になるのか、私自身どのような人生を歩むのか、良い結果になるのか、悪い結果になるのか、全く分からない。

常に高い目標を持ち、自分にできることを1個1個やっていこうと思う。